静岡地方裁判所 平成6年(行ウ)5号 判決 1998年1月29日
平成六年(行ウ)第四号、同第五号事件原告
稲葉修三郎
右訴訟代理人弁護士
荒木俊馬
同
加藤悟
同
小林春雄
右訴訟代理人小林春雄復代理人弁護士
小畠常義
平成六年(行ウ)第四号事件被告
三橋修
右訴訟代理人弁護士
牧田静二
右訴訟復代理人弁護士
祖父江史和
平成六年(行ウ)第四号、同第五号事件被告
河津町
右代表者町長
櫻井泰次
右訴訟代理人弁護士
宮原守男
同
倉科直文
平成六年(行ウ)第五号事件被告
櫻井泰次
右訴訟代理人弁護士
勝山國太郎
主文
一 本件訴えをいずれも却下する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
一 平成六年(行ウ)第四号事件
1 被告河津町と被告三橋修との間で、別紙物件目録一記載の土地につき平成三年七月二九日に締結された被告河津町を売主、被告三橋修を買主とする売買契約が無効であることを確認する。
2 被告三橋修は被告河津町に対し、別紙物件目録一記載の土地上の別紙物件目録二記載の建物を収去して同土地を明け渡せ。
3 被告三橋修は被告河津町に対し、別紙物件目録一記載の土地について静岡地方法務局下田支局平成四年七月七日受付第八八三二号の所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。
4 被告河津町は原告に対し、金一三五万円を支払え。
二 平成六年(行ウ)第五号事件
1 被告櫻井泰次は被告河津町に対し、金一四二七万円及びこれに対する平成六年四月三日から完済に至るまで年五パーセントの割合による金員を支払え。
2 被告河津町は原告に対し、金一三五万円を支払え。
第二 事案の概要
本件は、平成六年(行ウ)第四号、同第五号事件被告河津町(以下「被告町」という。)の住民である原告が、被告町と平成六年(行ウ)第四号事件被告三橋修(以下「被告三橋」という。)との間で同町所有の別紙物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)につき締結された売買契約(以下「本件売買契約」という。)は、代金額が時価を著しく下回るものであるのに、被告町の議会の議決を経ていないから、地方自治法二三七条二項、九六条一項六号に違反し無効であるとして、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき、被告町に代位して被告三橋に対し、本件売買契約の無効確認、本件土地建物についての建物収去土地明渡及び所有権移転登記の抹消登記手続を、同条第七項に基づき、被告町に対し、弁護士報酬の支払をそれぞれ求める(平成六年(行ウ)第四号事件)とともに、本件売買契約は、平成六年(行ウ)第五号事件被告櫻井次(以下「被告櫻井」という。)が、被告町の町長としての義務に違反し、その売買価格を時価を大幅に下回る金八一〇万円とし、これによって被告町に対し適正な価格(金二二三七万円)との差額相当額(金一四二七万円)の損害を与えたとして、同法二四二条の二第一項四号に基づき、被告町に代位して被告櫻井に対し損害賠償を、同条第七項に基づき、被告町に対し弁護士報酬の支払をそれぞれ求めた(平成六年(行ウ)第五号事件)という事案(住民訴訟)である。
一 争いのない事実等(証拠等を掲記していない事実については当事者間に争いがない。)
1 当事者
(一) 原告は、被告町の町民である。
原告は、昭和三七年一〇月から昭和六一年四月までの間、通算五期にわたって被告町の町議会議員を務めたものであり、その間、昭和四五年一〇月一二日から昭和四九年一〇月九日まで被告町議会総務常任委員会の委員長を務め、更に、昭和五七年一〇月二八日から昭和六一年四月八日まで被告町の監査委員(議会選出)を務めた(乙二〇号証)。
また、原告は、平成四年八月ころから、被告町議会の議員OBとして有志と共に、被告町の行財政を監視する立場から、被告町のリゾート開発計画の再考を求める声明を出したり、同計画の失敗に関する諸問題を指摘するなどしていた。
(二) 被告三橋は、本件売買契約により被告町から本件土地を買い受けた者であり、右土地上に建物を所有し、同土地を占有している。
同被告は、右契約当時、被告町の総務課長の地位にあった。
(三) 被告櫻井は、右契約当時、被告町の町長の地位にあり、現在に至っている。
2 本件売買契約の経緯等
(一) 平成二年五月ころ、被告町は、訴外齊藤照幸(以下「訴外齊藤」という。)から本件土地を購入することとし、当時、右土地の地目が畑であったことから、同年六月九日、河津町農業委員会に対し、右土地につき公民館駐車場用地として農地法五条の転用許可を申請し、同年七月二五日右の許可を得た。そして、被告町は、河津町土地開発基金条例に基づき、同年一〇月四日付け売買契約(代金八〇〇万円)により訴外齊藤から本件土地を購入し、同三年二月一四日、所有権移転登記をした。
右売買代金は、河津町土地開発基金から支払われ、本件土地は同基金に所属する財産となった。
(二) その後、被告町は、平成三年七月二九日付けで、被告町湯ケ野地区における国道四一四号線の拡幅工事(以下「本件国道工事」という。)のため自宅土地建物の買収に応じた被告三橋に対し、自宅建築用の代替地として本件土地を売却した(なお、右売買契約については、当初、代金額が金八〇〇万円であったが、同年一二月に開かれた河津町議会総務常任委員会において、取得価額と同額で転売することが問題とされたため、取得時から売却時までの利息分相当額として金一〇万円を上乗せすることになり、代金額が金八一〇万円に改訂され、契約書も作り直された。)。
(三) 被告三橋は、平成三年九月、本件土地上に建物(自宅)の建築を開始し、同年一一月七日、近隣の住民も参加して上棟式が行われ、平成四年三月二六日ころ、右建物は完成し、被告三橋は、そのころから同建物に居住している(甲二号証の一)。
なお、被告三橋は、同月二七日、被告町に対し右売買代金八一〇万円を支払い、同年七月七日、本件土地につき所有権移転登記がなされた。
3 監査請求等
原告は、河津町監査委員に対し、本件売買契約については、代金額が時価の三分の一であるうえ、公有財産に関する事務に従事する職員である被告三橋がその取扱いに係る公有財産を譲り受けた点において地方自治法二三八条の三に違反し、また、被告町が本件土地を取得するにあたって、これを公民館駐車場として利用するという虚偽の目的で農地法五条の転用許可申請をし、かつ河津町農業委員会がこれを容認したことは農地法に違反することなどを理由に、本件売買契約は、違法であるとして、平成六年一月二六日付けで、被告三橋をして本件土地を被告河津町に返還させる措置を求めた(以下「本件監査請求」という。)。
右請求に対し、河津町監査委員は、原告に対し、同年三月九日付けで、本件監査請求は地方自治法二四二条二項に規定する請求期間を徒過してなされたものであるうえ、右期間徒過につき同項ただし書きにいう「正当な理由」があるとは認めちれないとして、これを却下する旨の通知をした。
二 争点
1 地方自治法二四二条二項ただし書の「正当な理由」の有無
本件売買契約の締結された日から一年を経過した後(約二年六カ月後)になされた本件監査請求につき地方自治法二四二条二項ただし書の「正当な理由」が認められるか。
2 本件売買契約の違法性
被告町の議会の議決を経ていない本件売買契約は、地方自治法二三七条二項、九六条一項六号に違反するか。
三 争点に対する当事者の主張
1 争点1について
(原告)
(一) 本件売買契約は、秘密裡に処理され、その手続や内容等が被告町の住民に対し秘匿されていた。このことは次の経過により明らかである。
(1) 本件売買契約は、被告町の建設課長等を歴任し、平成二年四月からは総務課長の地位にあった被告三橋に対し、優良な本件土地を時価を大幅に下回る不適正な価格で取得させるものであったほか、以下に述べるとおり、その手続においても極めて不自然なものであった。すなわち、
本件国道工事に伴い、転居を余儀なくされた他の住民の代替地は、被告町がこれを購入後予算措置を講じた上で、宅地造成を行い、その費用を上乗せした価格で住民に売却された。
ところが、被告三橋の代替地については、被告町が訴外齊藤から購入する際、公民館駐車場用地という虚偽の名目で農地法五条の転用許可を申請し、その許可を得たうえ、これを購入した。
また、本件土地の宅地造成工事は、他の住民の代替地の場合と異なり、被告町ではなく、被告三橋が行った。
このような取扱いは、宅地造成工事について予算措置を講じれば町議会の予算審理の際に本件売買契約について説明しなければならず、決算や監査においても右契約が問題とされる可能性があるため、これを回避するためになされたものである。
被告町は、以上のような本件売買契約における一連の不自然な手続を隠ぺいするために、右契約を秘密裡に処理したものである。
(2) 更に、本件売買契約締結後においても、次のとおり秘密裡の処理がなされた。
本件売買契約については、前記第二、一2(二)のとおりの経緯により代金額が金八〇〇万円から金八一〇万円に改訂されているが、その際、河津町議会総務常任委員会において、代金額が他の土地と比較して適正か否かについては審議されていない。
その後、平成四年八月ころ、河津町議会の議員宛に、右契約問題を告発する匿名の手紙が届けられたが、町議会の全員協議会でこれを取り上げず、かつこれを他言しないとの申し合わせまでしている。
また、同年九月に開かれた河津町議会総務常任委員会において、塩田和男町会議員が本件土地の被告三橋への売却価額について審議するよう求めたが、他の議員が反対したため、この点につき審議はなされず、同月一〇日から同月二二日にかけて開催された河津町議会(平成四年第三回定例会)の会議録(乙一三号証)にも、本件売買契約の内容についての記載はなされていない。
しかも、被告町においては、「議会だより」等の広報誌が発行されていないため、一般町民が町議会における審議内容を知ることは著しく困難である。
(二) 以上のとおり、本件売買契約は、秘密裡に処理され、その手続や内容等は原告はじめ被告町の住民に対し秘匿されていたため、これを知るすべがなく、調査等も不可能であったところ、原告は、平成五年一二月中旬ころ、原告のもとに届いた匿名の投書によってはじめて本件売買契約が不正なものであることを知るに至った。
そこで、原告は、平成六年一月二六日に本件監査請求に及んだものである。
従って、原告は、当該行為を知ることができたと解される時から相当な期間内に監査請求をしたもので、本件については、監査請求期間徒過につき「正当な理由」がある。
(被告ら)
(一) 被告町は、本件土地を将来公民館駐車場用地等として利用する可能性があることを考え、公民館駐車場用地として農地法五条の転用許可を申請し同許可を得た上で、河津町土地開発基金財産(河津町土地開発条例一条所定の先行取得用地)として、訴外齊藤から右土地を買収したところ、本件国道工事のため用地買収に応じた被告三橋の代替地の確保が困難になったことから、これを被告三橋に売却したものであって、本件売買契約に至る経過について何ら不自然な点はなく、また、被告三橋による本件土地の購入、右土地上への建物建築及び転居等もことさら秘密裡に行われたものではなく、地域社会の中で広く知られており、むしろ上棟式(平成三年一一月七日)には一部の住民も参加するなど、河津町住民に対し広く公開されていた。そして、本件土地の所有権移転登記も平成四年七月七日になされ、被告三橋の本件土地所有権の取得が公示されている。
(二) 更に、本件売買契約の契約書は、被告町役場内部で町長、助役等に回覧され、平成三年一二月開催の町議会総務常任委員会でも代金額を含めて報告されている。
そのうえ、平成四年九月一一日から同月一八日まで行われた平成三年度決算認定に伴う議会特別委員会(以下「決算特別委員会」という。)においても右契約につき審議され、同月二一日、決算認定がされているが、この審議がことさら住民に対して秘匿されたことはなく、住民は決算書類を閲覧することが可能であったし、右の審議に際しては、右契約が明記された「平成三年度土地開発基金の土地増減」表等が関係書類として、関係議員に配布されている。
(三) これらの事実に照らすと、本件売買契約は秘密裡に処理されたものではないから、原告ら被告町の住民は、町議会議員を通して、本件売買契約の具体的内容が明示された議会での審議状況や、関係資料の存在及び内容を容易に知ることができたもので、被告町の住民が相当の注意力をもって町行政や議会審議に関心を持ち、必要な調査をしたときには、右契約から一年以内の時点、あるいは遅くとも前記決算特別委員会で審議され、決算認定がされた平成四年九月までには右契約につき監査請求が可能な程度の事実を探知することが可能であったというべきである。
ましてや、前記第二、一1のとおりの原告の経歴からみて、原告は、被告町の行政に通暁し、監査手続についても十分な知識経験を有している上、現町長である被告櫻井に対抗する政治勢力の中心的存在として、相当な政治的影響力を有しており、現職の町会議員とも容易に連絡を取りうる立場にあったもので、平成四年ころからは、町議会の「議員OB有志」として被告町行財政を批判的に監視する活動も行っていた。このような原告の経歴と立場、実力をもってすれば、原告が右契約から一年以内の時点、あるいは遅くとも平成四年九月までに本件売買契約について右監査請求を提出するのに必要な程度の情報を得ることは十分可能であった。
従って、平成四年九月から約一年四か月を経過した後になされた本件監査請求については、期間徒過につき「正当な理由」は認められない。
2 争点2について
(原告)
本件売買契約当時における本件土地の時価は金二二三七万円(一坪当たり金三五万円)程度であったところ、右契約における本件土地の代金額は金八一〇万円(一坪当たり金一二万六六八二円)とされ、右時価の三分の一程度にすぎない。従って、被告町の議会の議決を経ていない本件売買契約は、適正な対価なくして普通地方公共団体の財産を譲渡する場合には議会の議決が必要である旨規定した地方自治法二三七条二項、九六条一項六号に違反するものである。
(被告ら)
本件売買契約は、宅地利用に必要な造成工事がなされる前に締結されたものであり、必要な造成工事は買主である被告三橋が本件土地を購入後金三〇〇万円を負担して行ったものである。従って、本件売買契約における代金額の実質は、右契約の代金額八一〇万円に右三〇〇万円を加えた金一一一〇万円(一坪当たり一七万三六〇〇円)となるが、この価格は、近隣の同種土地の取引事例と比較しても、不当に低額であるとはいえず、適正である。
従って、本件売買契約については、被告町の議会の議決は必要ではない。
第三 争点に対する判断
一 争点1(「正当な理由」の有無)について
1 当事者間に争いのない事実及び証拠によれば、以下の事実が認められる。
(一) 本件売買契約については、当初、本件土地の代金額が金八〇〇万円とされていたが、平成三年一二月開催の河津町議会総務常任委員会において、その内容についての説明がなされ、その席で、取得価額と同額で転売されることが問題とされたため、取得時から売却時までの利息分相当額として金一〇万円を上乗せすることになり、代金額が金八一〇万円に改訂され、契約書も作り直された(前記第二の一2(二)、証人塩田和男)うえ、同契約書は、被告町の役場内部において、被告町の建設課を発信者とし、文書の日付を平成三年七月二九日として、町長、助役らに回覧された(乙八号証の一、二)。
(二) 被告三橋は、平成三年九月、本件土地上に建物(自宅)の建築を開始し、同年一一月七日、近隣の住民も参加して上棟式が行われ(前記第二の一2(三))、右建物は、平成四年三月二六日ころ完成し、同被告は、そのころから右建物に居住している(甲二号証の一)。
そして、本件土地については、平成四年七月七日、被告町から被告三橋へ売買を原因とする所有権移転登記がなされている(前記第二の一2(三))。
(三) 平成四年八月ころ、被告町議会の全職員に対し、本件売買契約は、被告町の財産を管理する立場にあった被告三橋が町の財産を買うことは地方自治法に違反するとして、この問題について被告町議会による調査を促す匿名の投書(消印、平成四年八月二六日)が届き(乙一六号証、証人相馬敬次)、また、右投書の前後にも、被告町議会各議員宛に被告町の財産を管理する立場にある被告三橋が本件土地を被告町から不当に安い価格で購入したことを指摘する旨の匿名の投書(乙一五号証、同一八号証の二、証人相馬敬次)や、当時、被告町の監査委員であった相馬敬次宛に本件売買価格が安いこと等を指摘した匿名の投書が続いたことがあった(証人相馬敬次)。
(四) 本件売買契約については、平成四年九月に開かれた決算特別委員会の総務常任委員会において、その内容等に疑問があるとして総務委員長塩田和男より話題が出され、事実上話し合われたことがあり(証人塩田和男)、また、決算特別委員会において審議され、被告町当局の説明もなされたうえで、同月二一日、決算認定がされ、その際、右契約が明記されている「平成三年度土地開発基金の土地増減」等の関係書類が、関係議員に配布された(甲二号証の一、乙一一号証、証人塩田和男、同相馬敬次)。
(五) 原告は、昭和三七年一〇月から、町長選挙に立候補し、被告櫻井他一名と争って落選し、失職した昭和六一年四月までの間に通算五期にわたって被告町の町議会議員を務め、その間被告町の財務会計事項を担当する総務常任委員会の委員長(約四年間)、監査委員(約三年五か月、議会選出委員)など要職を歴任し、その後も政治的関心が高く、平成四年八月ころからは、被告町の「議員OB有志」として元議員の相馬敬次らと「町政を考える会」(現在の代表者相馬敬次)の結成準備をし(正式発足は平成五年一〇月)、被告町の行財政を批判的に監視する活動を行っている(前記第二の一1(一)、甲一四号証の一ないし七、甲二〇号証、証人塩田和男、同相馬敬次、原告本人)。
2 以上で認定した事実に照らし、本件につき「正当な理由」の有無を検討する。
(一) 地方自治法二四二条二項ただし書にいう「正当な理由」の有無は、特段の事情のない限り、普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査したときに客観的にみて当該行為を知ることができたかどうか、また、当該行為を知ることができたと解される時から相当な期間内に監査請求をしたかどうかによって判断すべきである(最高裁判所昭和六二年(行ツ)第七六号・昭和六三年四月二二日第二小法廷判決・集民一五四号五七頁)。
(二) ところで、本件売買契約については、平成三年一二月開催の被告町議会の総務常任委員会において契約内容の説明がなされたうえ、正式な審議を経て代金額が改訂され、契約書も作り直され、同四年九月に開かれた決算特別委員会の総務常任委員会の席上でも話題となり、事実上の話し合いが行われ、更に、議会の決算特別委員会において審議され、同月二一日、決算認定を受けているうえ、その際、本件売買契約が記載された関係書類が議員に配布されており、契約書も被告町の町役場内部で回覧されているのであり、右契約につき、被告町の議会及び町役場において秘密裡の処理がなされたものとは認められず、また、本件土地上の被告三橋の建物建築は、近隣住民が参加して上棟式が行われたほか、完成までの約六か月間公然と行われているうえ、右土地については、平成四年七月七日、被告町から被告三橋へ売買を原因とする所有権移転登記がなされていたから、被告三橋が被告町から本件土地を購入したことは、不動産登記簿を閲覧する等の方法により、容易に知りうるところであった。
更に、平成四年八月ころ以降、被告町議会の全議員宛に本件売買契約に問題があるとして、調査を促す匿名の投書が相次いでおり、これら投書が、特定の町民からなされたものか否かは不明であるが、少なくともこの時期、一部町民の間では、本件売買契約の内容が知りうるところとなり、その売買価格等が問題とされていた事実が明らかである。
以上の事実を総合すれば、本件売買契約が秘密裡になされたとか、関係者がその内容や手続を秘匿しようとした事実は認められず、被告町の住民が、被告町の行政や議会審議に関心を持ち、相当の注意力をもって調査をすれば、遅くとも平成四年九月ころまでには、本件売買契約につき監査請求が可能な程度の事実(被告三橋が被告町から本件土地を購入したことや本件土地の売買代金額等)を知ることができたというべきである。
ましてや、前記認定の原告の被告町における議員等の経歴、政治活動の内容及び実績等からすれば、原告は、町議会議員等を通じて本件売買契約に関する議会での審議状況、関係資料の存在及びその内容等を知りうる立場にあったと認められ、原告が遅くとも平成四年九月ころまでに右事実を知ることはなおさら容易であったというべきである。
然るに、原告は、右の時から約一年四か月を経過した平成六年一月二六日になってはじめて本件監査請求を行ったのであるから、相当な期間内に監査請求をしたとはいえず、本件監査請求が本件売買契約締結の日から一年を経過した後になされたことについて、地方自治法二四二条二項ただし書にいう「正当な理由」があるということはできない。
なお、原告は、本件売買契約については、被告町が被告三橋の代替地として訴外齊藤から本件土地を購入する際、同土地を公民館駐車場用地として利用する予定がないのに、公民館駐車場用地という虚偽の名目で農地法五条の転用許可を得たり、被告三橋が、本件国道工事に伴い代替地の提供を受けた他の住民と比べて、様々な点において優遇されるなど、その経緯も含めて、極めて不自然な処理がなされた旨主張するが、右事実の存否は、本件の「正当な理由」の有無についての前記判断を妨げるものではない。
更に、原告は、原告が本件売買契約について知ったのは、平成五年一二月中旬ころに受け取った匿名の投書による旨主張し、本人尋問において、これに沿う供述をするが、右投書自体は、本件訴訟において証拠として提出されていないうえ、原告は、当初、右投書が入っていた封筒は、甲七号証(封筒)である旨主張していたが、その後、右封筒の消印が右投書の約一年前(平成四年一二月一日付け)のものであったことから、右封筒は右投書が入っていたものではない旨主張を変更するに至っていることなどに照らすと、原告の右供述によって右投書が存在したことを認めるには足りず、その他これを認めるに足りる証拠はない。
二 結論
以上によれば、本件監査請求は、監査請求期間を徒過したことについて地方自治法二四二条二項ただし書にいう「正当な理由」があるということはできないから、本件訴えは、いずれも、適法な監査請求を経たとはいえず、その余の点について判断するまでもなく、原告の本件訴えは、いずれも不適法であるから、これを却下することとする。
(裁判長裁判官田中由子 裁判官田中治 裁判官早川幸男)
別紙物件目録<省略>